以下は、私以外の多くの人にとってどうでもよい話であると思われる。
ということわりから始めてみたが、私がネット上に書いている文章の9.9割はどうでもよい話であるので別にそんなことわりは不要である気もする。
しかし一方で、これは、私の中の或る思い出の名誉回復の為に必要な記録であり、かつこの記録は、人間一般の記憶のメカニズムの考察に0.1割くらい寄与することもあるかもしれない。
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昨年、大阪市中央体育館(現ASUE大阪)にて、シンディ・ローパーのライブを観た。
意外がられるのだがシンディ・ローパーは好きで、一度観てみたいと思いつつ機会がなかったのだ。最後の来日とされるこのライブはチケットが取れなかったが、直前で譲ってもらうことができ、ペグレス(仮)と一緒に観ることができた。「私はグラマラスが好き」と赤いドレスを見せつけるシンディ。「でもグラマラスじゃなくてもいいの」とカツラを脱ぎ捨て「Sally's Pigeons」を歌うシンディ。MCで女の権利の歴史を語るシンディ。虹色の布を靡かせながら「True Colors」を歌うシンディ。最後は「Girls Just Want to Have Fun」。歌声は若い頃より更に美しく、われわれは大変満足して会場を出た。
会場を出たわれわれは食事をしながらライブの感想を語り合いたいと考えた。
「またロイホに行こうか」
ここで、記憶は、2012年に遡る。
大阪市中央体育館でライブを観るのは、2012年のノエル・ギャラガーぶりであった。
その際、私とペグレス(仮)は、終演後に会場から通りを挟んで向かい側にあるロイヤルホストでコスモドリアを食べながらライブの感想を語り合った。
ソロの曲でかっこよかったやつ、アンコールでのドンルク、 おもろかった客の野次(「おにいちゃーん、仲直りして~~」と叫んだ客がいてめちゃめちゃウケていた……その後本当に仲直りするとは!)。そんな話をしながらの夜のロイホは非常に愉しく、二階の窓から見えたキラキラした景色とも相まって、このときのことはわれわれの中で「良き青春の思い出」として位置づけられていた。
その思い出のロイホで13年ぶりに、ライブの感想を語り合おうと考えたのである。
ロイホもあのときからだいぶ値上がりしたやろな~などと言いつつわれわれはロイホへ向かった。両者ともこの場所に来るのは13年ぶりで地理が覚束ないため、スマホ地図に従って店を探した。だが、ロイホの位置と形状が記憶と異なっている。
記憶の中のロイホは会場の真向かいであったが、スマホ地図に表示されたロイホはややその位置からずれている。また、記憶の中のロイホは二階建てであったが、辿り着いたロイホは一階建てである。待合席やレジ周辺のレイアウトも記憶と違う。
結局ロイホは満席で入れず、われわれは他の店を探すことを余儀なくされた。われわれは再び会場近くへ戻った。
「あっ……もしかして、あれでは……」
記憶の中のロイホの位置に二階建ての建物があった。ただしそれは、くら寿司であった。
だが、形状といい会場の真向かいという位置といい、おそらくこれがわれわれの思い出の跡地である。われわれは次のような仮説を立てた。
旧ロイホだった建物は、居抜きでくら寿司に変わった。その代わり近辺に、新しいロイホが建った。
妥当な推測であろう。
しかし、直観的に、何か納得し難い。ロイホがくら寿司に変わるケースは珍しい気がするし(※調べたわけではないので普通に存在するのかもしれないが両者の狭い観測範囲では思い当たらなかった)、閉店したロイホの至近距離に新しいロイホをオープンするのは無駄な気がする。
私は2012年当時の写真を探した。
そして、意外な真実に遭遇した。


……FRIENDLY であった……!!
2020年に大阪市緑橋店を最後に(※たぶん)閉店してしまったチェーン、FRIENDLY。思い出の中の、ロイホだと思い込んでいたファミレスはFRIENDLYだったのである。そして「ロイホのコスモドリア」と思い込んでいたものは「FRIENDLYのビーフシチュードリア」だったのだ。
いったいいつからロイホだと思い込んでいたのか? 或る時点まで「FRIENDLYの思い出」として記憶の中で保持されていたはずだ。この夜のことは幾度となくペグレス(仮)との間で話題にしてもいる。それがいつからなのかどこかの時点で「ロイホの思い出」にすり替わってしまったのだ。
自分は過去の細かなエピソードを割に記憶している方ではあるが、それらの記憶もこのような大小の改変を蒙っていると思うと怖ろしい。
こんなのはよくある記憶違いであり、どうでもいいことといえばその通りである。
だが、なんならこの(偽の)記憶のおかげで、私の中の「ロイホのコスモドリア」のイメージは幾分良いものになっていた。記憶が訂正されなければ、もし何らかで私が有名になり「思い出のファミレスのメニューを教えてください」というインタビュー(何のインタビューなのかは知らんが)を受けたらば、
「ロイヤルホストのコスモドリアですね。以前に、ノエル・ギャラガーのライブを観た後に会場の向かいのロイヤルホストでコスモドリアを食べながら感想を語り合ったことがあって……」
などと存在しない店舗の存在するメニューの存在しない思い出を得々と語り、これに影響された私のファンのキッズたちがロイヤルホストに列をなし、ロイヤルホスト側は「そんなとこに店舗あったっけな、ま、いっか」と思いつつコスモドリアの製造に大忙しになっていたことだろう。
それでは、全店閉店してしまったFRIENDLYがあまりに浮かばれない。
なんなら、シンディのライブの数日前、私とペグレス(仮)はまさにFRIENDLYを話題にしていた。その中で、
「FRIENDLYって好きやったけど、今思い出したらサラダバー以外のメニューを思い出せへんな」
「特徴なかったんやなあ」
などという会話をしていたのだった。
さらに、私は趣味で創作を別ブログに載せているのだが、この少し前に、その中で「ビーフシチュードリア」というファミレスのメニューを登場させており、そのときたしかに頭の片隅でFRIENDLYの記憶が点滅していたのだった。脳のどこかにずっと、FRIENDLYのビーフシチュードリアは存在していたのだ。
世界にとってはどうでもよい、泡沫のような記憶であろうが、私の頭の中だけでもFRIENDLYの名誉を復権できてよかった。写真を確認してよかった。
