ハンサムの思い出

「イケメン」という語の台頭によってすっかり「ハンサム」が駆逐されてしまった。
「イケメン」が現れた頃はこんなに長持ちする言葉になるとは思わなかったが、2018年現在も「イケメン」は現役であり、その勢いは衰えることがない。
「イケメン」登場以前は、何か違うと思いつつ「ハンサム」を用いている人も多かったのではないか。たしかに、「イケメン」は「ハンサム」より広い範囲を示しうる語である。「ハンサム」と形容しうる日本人男性はそう多くないと思われるが、「イケメン」にはより広いイケメンが含まれるので、カジュアルな誉め言葉として用いることができる。


そんな死語となった「ハンサム」についての思い出がある。
小学校4年生頃、母のもっていた昔の少女漫画にハマったのだが、わけても惹かれたのはそのセリフ回しだった。6、70年代の少女漫画は、少しレトロでかつ心憎い言い回しが多く、新鮮であった。気に入ったものは、台詞を暗記するほど読んだ。
その中で印象的だった場面のひとつは――『ポーの一族』の一場面だっただろうか?――おしゃま(これまた死語)な女の子が素敵な男性を見て「ま、ハンサム!」と驚く場面である。
ストーリーの筋には特に関係のない、なんてことない場面だったのだが、女の子のおしゃまぶりがよく出ていて、可愛らしい場面だった。また自分の周りには、「ま、ハンサム!」と驚くような男子なんていないので、小粋でおしゃれなセリフに思えたのだった。

 

私は「ま、ハンサム!」を一度使ってみたくなったが、特に使いどころはなかった。上述のように、周囲に「ハンサム」と形容できるような人物はいなかったし、また、日々会う異性はクラスの男子・先生・用務員さん・父と祖父・近所のおっちゃんのみであり、そもそも誰かと新たに出会うということがないのである。
そんな或る日、社会の授業で、日本の名産物かなんかの勉強として、視聴覚室で茶のビデオを見せられた。茶が茶畑でどんな風に作られ収穫されるか、という過程を追ったビデオだった。茶摘みの場面で、茶農家のおじさんがインタビューされ、茶摘みの工程を語っていた。頭にタオルを巻いたその中年の男性は、別に悪いルックスではなかったと思うが、まったく普通の日本のおじさんだった。
私は「(いや、ここは違うよな、明らかにその場面ではないよな……)」と思ったが、「ま、ハンサム!」を使ってみたい気持ちがそろそろ最高潮に達しており、「(ここで使うのか……違うとは思うけど……でも……)」と納得できない気持ちのままながらも、隣に座っていたサッちゃんの耳もとに口を寄せ、

 

「ま、ハンサム!」


と言ってみた。


サッちゃんの反応は特になかった。